はじめに
建物の雨水排水設計は、建築技術者にとって非常に重要な要素です。
特に、緑化されたルーフテラスや屋上の設計では、見た目の美しさや住み心地の良さだけでなく、雨水排水の計画が十分に行われていなければ、大雨時に深刻な被害を引き起こすことがあります。
今回は、実際に発生したルーフテラスでの浸水トラブルを題材に、雨水排水計画の重要性や適切な設計方法について解説します。
事例紹介:ルーフテラスから雨水侵入
東京都内に建設された12階建てのマンションの5階に設置されたルーフテラスは、4階の屋上部分を庭園として活用し、住民に人気を集めました。
しかし、入居から数ヶ月後、1時間に80mmという猛烈な雨が降り、このルーフテラスが水浸しになり、室内への浸水を引き起こしました。
設計上では、1時間に149mmの雨量にも耐えられるはずだったのですが、現実には排水が追いつかず、問題が発生しました。
下図がルーフテラス部分の断面図です。
必要な排水量を確保したはずの計画であったにもかかわらず何故室内への浸水が発生したのでしょうか。
問題の原因
問題が発生した原因には大きく2つあります。
どのプロジェクトでも起こりえる見落としポイントですので十分注意が必要です。
上階からの雨水流入の見落とし
最も大きな問題は、上階からの壁面を伝って流れ込む雨水の量を過小評価していたことです。
5階のルーフテラスは、12階建ての建物の下層部にあり、上に8層分、25.6mもの高さの外壁がそびえ立っていました。
この外壁に降った雨水が想定外の量でルーフテラスに流れ込み、設計上の計算を大きく上回る量の雨水が排水設備に流入しました。
ルーフドレーンの詰まり
ルーフテラスに設置された平形のルーフドレーンに、庭園の植栽から落ちた葉やゴミが詰まり、排水能力が低下していたことも原因の一つです。
緑化された屋上では、土壌に浸透する雨水の量が制限されるため、通常の屋上に比べて排水経路の維持がより難しくなります。
特に春から初夏にかけては、新芽の成長とともに落ち葉が増え、排水経路の詰まりが起こりやすくなります。
雨水排水設計の見直しポイント
事例から学べる重要な教訓として、以下の3つの点に注目することができます。
外壁面積を考慮した排水計画
国土交通省の建築工事標準詳細図や給排水設備規準では、外壁が接する屋上部分の排水計画において、外壁面積の2分の1を屋上面積に加算するよう求めています。
このルーフテラスの場合、設計当初は庭園部分の96m²だけが排水対象として計算されていましたが、実際には上階の壁面から流れ込む雨水を考慮すると、排水対象面積は198.4m²にも達していました。
この想定のミスが、雨水排水能力不足を引き起こした要因です。
このチェックポイントは、屋上緑化に限らず、雨水排水計画を考えるうえで重要な考え方です。
適切な排水管の径の設定
流れ込む雨水の量に対して、適切な排水管の径を選定することも不可欠です。
給排水設備規準では、1時間に100mmの雨が降る場合、直径ごとに対応できる面積が定められています。
今回の事例では、1時間に149.4mmの雨が198.4m²に降る状況に対応するため、少なくとも直径100mm以上の排水管が必要でした。
適切なサイズの排水管を選ばなければ、大雨時には排水が追いつかなくなるリスクが高まります。
詰まりにくい雨水排水設備の採用
ルーフドレーンが詰まりやすい設計では、雨水排水能力が著しく低下します。
詰まりにくいドレーンを採用することで、こうしたリスクを軽減することができます。
例えば、山形のルーフドレーンは高さがあり、落ち葉やゴミが詰まりにくい構造となっており、メンテナンスの手間も軽減されます。
また、緑化された部分とは別に、最終の防衛ラインとしてオーバーフロー排水確保しておくことも効果的です。
その他には、屋上緑化の場合は、土壌への浸透速度が遅い場合、排水経路に流れる前に、室内に流れてしまうことも考えられるので、室内と室外の間に緩衝帯として排水機構を設けることも効果的です。
上の図の例では、U字側溝を設けています。これにより、土の上を流れてきた水を側溝で流すことができます。
メンテナンスの重要性
いくら優れた雨水排水設計をしても、定期的なメンテナンスがなければ、排水設備は劣化し、機能を十分に発揮できなくなります。
特に、ルーフテラスや屋上の緑化部分では、落ち葉やゴミが堆積しやすく、これらが排水経路を塞ぐことで水害の原因となります。
定期的な点検と清掃を行い、問題が発生する前に未然に対策を打つことが重要です。
年に数回の点検と季節ごとの清掃を行うことで、排水システムの詰まりを防ぎ、万が一の浸水被害を防ぐことができます。
建物管理を行う建築技術者はもちろん、設計者も建物を利用する人に向けて、しっかりと管理の重要性を説明する必要があります。
まとめ
今回の事例は、排水計画の見落としやメンテナンス不足が引き起こす問題を明らかにしました。
建築技術者として、設計段階での詳細な検討と、実際の運用を踏まえた対策が不可欠です。
外壁面積を考慮した排水計画や、詰まりにくい排水設備の採用、そして定期的なメンテナンスによって、ルーフテラスの水害リスクを大幅に減らすことができます。
若手の建築技術者にとって、排水計画は目立たない部分であるかもしれませんが、建物全体の機能性や耐久性に大きく影響する要素です。
今後の設計においては、こうした水害リスクを十分に考慮し、トラブルを未然に防ぐための取り組みをしっかりと行ってください。
参考文献
この記事は、「設計ミスを防ぐ建築実務の勘所 Kindle版」を参考に作成しました。
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