杭基礎は建築物の安定性を支える重要な要素ですが、その施工管理の現実は非常に複雑です。
また、マンションのパンフレットなどに記載される「頑丈な杭基礎」などという言葉には、消費者が誤解を抱きがちな部分もあります。
ここでは、最近の杭基礎に関する事故事例を交えながら、マンション購入を検討している方や、若手技術者の双方に向けて注意点を解説します。
オープン後すぐに閉店することに。。商業施設「ミソラタウン掛川」の事例
静岡県掛川市の商業施設「ミソラタウン掛川」では、2023年5月の開業後、建物が最大14cm沈下する問題が発生しました。
調査の結果、基礎杭72本のうち5本が支持層に2~8メートル届いていないことが判明しました。
設計・施工を担当した大和ハウス工業は、施工不良の可能性を調査中としています。
今回のような事例の場合、補修や補強することは現実的には難しいです。
ミソラタウン掛川も沈下の発生した建物は取り壊すことになりそうです。
杭が支持層に届いていなかった原因は調査中であり、今後の調査結果が気になるところですが、
杭工事における支持層確認は、令和の時代でもかなりアナログなもので、イメージとは異なるかも知れません。
今でも超アナログ!杭の支持層到達確認方法
実際の現場では杭基礎の施工管理は簡単ではありません。
例えば、埋込工法での支持層の確認の代表的な方法は、掘削機械の電流値を確認する方法です。
掘削機械の電流値は、硬い地盤に当たると大きくなるので、その数値を元に支持層と判断するわけです。
しかし、その電流値に定められた基準があるわけではなく、設計図で決めた支持地盤の深さ付近で電流値が上がってきているかを確認しているに過ぎません。
図:電流値の例
その他には、地盤調査時に出土した土質と同質の土が出土しているか目視で確認したり、機械のエンジン音の変化など、職人の経験や感覚に頼る部分が多く、確実な品質管理が難しいことがあります。
杭基礎に関しては設計も施工も杭メーカーが行うことが多く、構造設計者や施工業者でも深く理解出来ていない場合も多くあります。
現状を否定するわけでは無いですが、杭基礎とはそういった技術や施工体制の元に成り立っていることは理解しておくと良いと思います。
マンションパンフレット「頑丈な杭基礎」の誤解
杭基礎の施工方法は、建物用途により変わるものではないので、商業施設に限らず、マンションなどの住宅でも上記と同様なリスクがあります。
マンションのパンフレットには、「頑丈な杭基礎で安心の住まい」といったフレーズがよく見られます。
しかし、この表現が必ずしも正確ではないことを理解しておく必要があります。
まず、基礎は建物を支持する以外の付加価値を産めないので、出来る限りお金をかけずに必要な機能を満足するように構築することが合理的です。
では、なぜ杭基礎を採用するかというと、単純に建物を支持することができる地盤が建物のすぐ下にはないからです。
それはつまり、建設地の表層部分は軟弱地盤である可能性があるということです。
軟弱地盤だからと言って必ずしも地震の時に建物被害が拡大するとは言えませんが、相対的に液状化のリスクは高く、インフラ関係に被害を受ける可能性はあります。
もちろん、基礎形式で購入するマンションを決める人はいないと思いますか、マンションディベロッパーの何の根拠もない謳い文句に騙されないようにしましょう。
何を見れば安心できるの?地盤調査の重要性
これまで、杭基礎のリスクばかりを挙げてきましたが、杭基礎は歴史も長く、適切に施工できれば安定して建物を支持することが可能です。
では、消費者や若手の技術者が気を付けるべき事項をは何でしょうか?
それは、ずばり「地盤調査の数」です。
基礎の安定性は、事前に行われる地盤調査に大きく依存します。
マンションなどの大きな建物を建築する場合には、ボーリング調査と言われる地盤調査を行います。
これは、敷地内の地面に穴を開けて土や岩盤のサンプルを採取し、地盤の強度や地質を調べる地盤調査方法です。これにより、地盤の構造や地下水位、層序、土質、地質などを把握するが出来ます。
一般的には、敷地内の数点で行うことで、支持地盤の傾斜や不陸を把握します。
地層は非常に複雑です。あなたが住もうとしている場所は、遠い昔は、海だったり、山だったりしたかも知れません。
図:不陸が多くある地盤のイメージ
その上に、長い年月のうちに地層ができ、今の地面になっていると考えると、その敷地の支持地盤が「平坦」であると考える方が本当は不自然なのです。
そういう訳で、十分な地盤調査が行われていない場合、支持地盤が傾斜していたとか、一部窪んでいたなどにより、杭基礎が支持地盤に到達していないという事象が起こるのです。
必要な地盤調査数っていくつなの?
日本建築学会では、必要な地盤調査の回数や方法をガイドラインとして示しています。
これに従って調査を行うことが、安全な建築物を作る第一歩です。
横軸に建築面積があり、面積に応じた本数が縦軸に表現されています。
例えば、建築面積10,000㎡の場合、地層構成が複雑でなければ5~10本程度で良いとされるわけです。
もちろん、建物の形状等にもよるので、この数値が絶対というわけではありません。
公共施設の場合は、建物4隅と中央の計5点は最低限として地盤調査することが多いです。
以前、横浜でマンションの杭が地盤に到達せずに沈下した事例がありました。
それ以降は、計画する杭の近傍全てを地盤調査するというマンションディベロッパーもいます。
消費者が知っておくべきことマンションを購入する際には、パンフレットや広告の文言だけで判断せず、
1. 地盤調査が適切に行われているかどのような地盤調査が実施され、その結果に基づいて基礎設計が行われたかを確認する。
2. 施工管理の体制建物を施工した会社の過去の実績や品質管理体制について調べる。
3. 杭の出来形の検査はどのように行われて、記録はしっかり残っているかも重要です。
これらを不動産会社や設計者に尋ねることで、安心して住める住宅を選ぶ判断材料にすることができます。
若手技術者が注意すべきポイント
現場での施工管理に携わる若手技術者は、以下の点に特に注意しましょう。
1. 地盤調査データを正確に理解する支持地盤の深さや性質を把握し、適切な杭の長さと打設方法を計画する。
⇒設計の時に必要な地盤調査数に足りていなければ、事業主に説明して実施するべきです。
2. 現場でのデータモニタリングを徹底する打設中の数値データ(電流値や排土量)をリアルタイムで確認し、異常がないか即座に判断する。
⇒職員さんにお任せにしない。試験杭の時に、関係者でしっかり目線合わせや基準を設けること
3. 経験から学ぶ姿勢を持つ現場の熟練技術者のアドバイスを受けながら、エンジン音や振動の変化にも注意を払う。
⇒目で見えない地面のことは、5感全てに注意を払おう
まとめ
杭基礎に関する誤解や不足した知識が、消費者や若手技術者にとって将来的なリスクをもたらすことがあります。
しかし、十分な地盤調査と適切な施工管理があれば、そのリスクを最小限に抑えることが可能です。
若手技術者は、現場での実践を通じて確実な技術を身につけ、安心して住める建物を提供できるプロを目指してください。
また、マンション購入を検討している消費者の方は、専門家の意見を聞きながら、基礎部分の安全性をしっかり確認して購入することをおすすめします。
安心と信頼のある建築物を実現するために、技術者と消費者の双方が知識を共有し、適切な選択をしていきましょう。
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